°心理学

since 2017.8.16 

IKEAダイエット

今日、僕はIKEAに来ています。

 

レストラン(?)みたいなところは、まるで大学の食堂のようで、なんだか懐かしい気持ちになりました。

 

ところで、IKEAは、敷地面積がとても広くて、一周歩き回るだけでもかなり疲れます。

 

ここに、ミニマルのヒントがあるなと思いました。

 

矢印の案内に従って歩いているうちに、家具のディスプレイや子供用の手頃なおもちゃに出会うことができ、次第に歩いているという感覚を忘れます。

 

そして、これだけではありません。

 

調子に乗って2周、3周としているうちに、ふと、「疲れたな」と思うのですが、

 

そのときにはみち半ばだったりして、最後まで歩き続けなければならないのです。

 

しかも、周りにはお客さんがたくさんいますので、イライラむき出しで歩くのもなんだか野暮。

 

精神的な修行にもなるのです。

 

大きなカートや入り組んだ道が「障害物競走」を思わせます。

 

とはいえ、見ているだけでも楽しいところで、創造のためのヒントもたくさんあり、良い一日になりそうだなと思いました。

 

 

 

 

洗い物なんて明日やれば?

僕の目標はあくまでミニマルです。

 

なぜかはわかりませんが、ミニマルと「潔癖」は、なんとなく似ている気がします。

 

しかし、僕が目指しているミニマルは潔癖では必ずしもありません。

 

たしかに、モノが少ないと、潔癖な感じはしますが、それは結果的にそのように見えているだけです。

 

例えば、洗濯物や洗い物がたまっているというケースを考えます。

 

真にミニマルと呼べるのは、気持ち的に落ち着いているということです。

 

1日や2日であれば、たまっていても問題ないでしょう。

 

僕がたまに取っている、非常に現実的な方法は、

 

汚部屋に住んでいる人の映像を観ることです。

 

極端に汚いゴミ屋敷は僕の生活と明らかにかけ離れているので観ても気分が落ち込むだけですが、

 

適度に汚いことも大事なのかもなと気づくことがあります。

 

それはべつに、自分もその部屋を真似する必要はありません。

 

心の持ちようです。

 

自分自身に課しているルールをミニマルにするキーワードは、「先延ばし」です。

 

 

 

歴史ミニマル

 私たちが何か行動を起こす前に、「失敗する必要のない失敗」は避けたいものです。

 

 僕自身の考えでは、失敗には積極的なものと消極的なものがあります。

 

 積極的な失敗は、「やらなきゃよかったな」と後悔しつつも、確実にその失敗から教訓を得る場合です。

 

 例えば、今大学1,2年生のあなたには、「自分にとって、最も向いていないと思うアルバイト」を強くオススメしています。

 

 無口で内向的だという人ほど、コンビニやファミレスでコミュニケーションの難しさを学んでほしいのです。

 

 僕自身もコンビニでアルバイトしたことがありますが、100%向いていないことを再確認して、一年弱でやめました。

 

 一方で、消極的な失敗は、「ムダに誰かを傷つける」ことに他なりません。

 

 これを物語るのが歴史、つまり過去の人々の失敗談です。

 

 この世の本の9割は過去について書いてあります。自分の経験や客観的な自然科学、社会科学など、全ては「いま、過去を読む」というスタイルです。

 

 歴史は、「マニアだけがひたすら究める」ものなどでは決してなく、私たちにとっての隠れたバイブルなのです。

 

 

寂しさミニマルつづき

 人は、気をつけないと「寂しさマキシマム」になることがあると思います。なんとなく、わかりますよね?

 

 僕自身、「会っている時には『早く帰りてー』とか思う癖に、別れた瞬間に寂しくなる病」です笑

 

 心理学では、所属仮説(belonging hypothesis)というものがあります。カンタンに言えば、ヒトはとにかく所属していないと不安になるし、人と一緒になるように強く動機付けられるということです。

 

 つまり、あなたが人と別れた瞬間に感じる寂しさは、あなたが弱いからではなく、人類全体がそういう弱さを感じるようにプログラミングされているだけなのです。

 

 寂しく感じていることに、過度に反応する必要はなく、ひたすら人間の背負ってきたメカニズムを一定の期間噛みしめるだけなのです。

 

 現に、あなたがはじめて一人暮らしした瞬間、はじめて好きな人とお別れした瞬間、経験したこともない寂しさを感じたはずですが、今あなたはこうして生きています。

 

 あなたが長期的な意味で生き続けることができるように、短期的に課せられているのが寂しさなのです。

 

 

寂しさミニマル

 昨日、引っ越ししました。

 

 窓からの見慣れない景色、どこにあるかわからないスイッチ、洗濯機設置という重労働。ホースから出る水に、拭かなければいけない床。洗濯機を設置した後なので、体を懸命に折り曲げて、腕がつりそうになりながらタオルを床に押し当てる時間。

 

 引っ越し当日はなぜかメンタル的にナーバスになりやすいです(僕だけでしょうか?)。そして、前の家のことを思い出し、早くも懐かしんでいました。

 

 でも、内見した時には、明らかに現在の部屋の方が好きだと直感で思いました。

 

 この寂しさは、「前の家が良かった」ことによるものではなく、「単純に、A地点からB地点に移動した」ことによるものだと。

 

  変化には、何らかの影響がカラダとココロに必ず起こりますし、それぞれの部屋・家独自の特徴や隣人の騒音、虫の数など、環境的に「内見の時には予期していなかった」要因はいくつも出てきます。

 

 僕自身、現在、換気扇の電源が全く入らず、管理会社に連絡しているところです。ツラい・・・。

 

 でも、これらの出来事は、1週間もしないうちに全て解決し、1ヶ月後には出来事があったこと自体忘れる(忘れないとしても、大したことなかったと楽観的に振り返るくらいです)でしょう。

 

 変化による影響が短期的であることを意識すれば、変化を恐れず、変化による寂しさに負けずに、生きていけるのかもしれません。

 

 

ネット通販から学べること

 ネット通販では、服などはもちろん、飲料水やお米などの重いものも自宅に運んでくれます。

 

 この「重いものを運んでくれること」に対するコストと、元々配送してくれることに対するコストが重なっているのは、どう考えてもおトクすぎます。

 

 2Lのペットボトル6本ケースを、車で運べればよいのですが、僕のように自転車すら持たない人間にとっては、不可能に近い重量です。

 

 普通に買って家に届けるよりもネット通販の方が割高なのは、重いことに対するコストを加味してくれているのだと考えると納得できます。

 

 これ以外にも、服を店で購入して家に帰るまでに雨が降ってしまった場合(雨用の袋をかけてくれる店舗もありますが)、あるいは電車が止まってしまってイライラする場合など、

 

 直接買うことによるデメリットを極限まで少なくしてくれるのがネット通販なのです。

 

 特に、もともと買ったことがあるもの(食料品や飲料水)は、「現物を見る」必要性がありません。

 

 生活の一部にインターネットがあることの、便利な部分のみ、活かしていきたいですね。

 

 

いかに環境が大事か

 僕自身、引っ越しをしたときにいつも思うことがあります。

 

 部屋の構造がほとんど変わらないとしても、全く心境が異なるのです。

 

 日当たり、周りに自然があるか否か、周りに動物がいるか否か、築年数などによって、びっくりするくらい気持ちが変わっているのです。

 

 最初の引っ越しの時には気がつきませんでしたが、数回しているうちに、「住むところって本当に大事だな」と思うようになりました。

 

 例えば家賃6万円の部屋と5万円の部屋があるとして、年間12万円おトクだと考えるのはちょっと一面的だと思います。

 

 その1万円分、あまり気に入らない部屋に対するストレスでアルコールを飲みすぎたりタバコを吸いすぎたりしてしまえば、結果的にプラスマイナスゼロ、あるいはマイナスになるでしょう。

 

 内見は結構疲れます。1日潰れます。しかし、納得がいかなかったら何日かかっても行くべきなのかもしれません。

 

 その1日の「サボり」が365日の疲労を招くかもしれないのです。