なぜ、「よく見せる」のは「よくない」のか?その1

 こんにちは。minipsyです。今日も、あなたの心に刺さる一言が書けるように、頑張っていきたいと思います。

 

 前回の「人間関係」的な分野に関連して、今日は「自己呈示(self-presentation)」について書いていきます。前回にも書きましたが、カンタンにいうと「自分を良く見せようとすること」です。

 

【1. 身近にあふれる自己呈示】 

 僕自身の話をすると、僕は映画館で映画を観るのが苦手です。2~3時間、トイレに行けず、暗いところに居続けることにプレッシャーを感じるからです。お金払ってプレッシャーを受けに行くっていう、謎の苦行・・・。

 しかし、多くの人は映画館で映画を観るのが好きだと思います。だから映画館が潰れないんです。わかってます。でもムリ・・・。

 そんなときに、自己呈示的なことを僕がするとしたら、それは「映画?いいね!行こう行こう!」って言う、ってことですね。

 

 言った2秒後に後悔・・・。

 

 また、これに加えて、僕は大勢の飲み会がキライです。ひとりひとりとじっくり話すことはおろか、食事をゆっくり味わうことすらできない。酔っ払った状態でみんなしっちゃかめっちゃかになって宴もたけなわ。誰かが途中でいなくなったとかいってその人の分のお金をみんなで割り勘することさえ・・・。それだったら家でゆっくり過ごすか(3000円くらい浮くしね。)、親友と語り合いながら過ごすかしたい。

 そんなときに、自己呈示的な行動を僕がするとしたら、それは「飲み会?いいね!行こう行こう!」って言う、ってことですね。

 

 なんなら、言う2秒前に後悔・・・。

 

 このように、良く見せようとするのは辛いです。だからたまには本音を言っていきましょう。

 

 

 ・・・で終わるわけないじゃん。

 

 そんなの、みーんなわかってます。たまには本音を言った方がいいなんて。多くの書籍では、「本音を言いましょう」という提案で終わっている場合が多いので、読んだ後に「これからは本音を言っていこう!おー!」みたいな感じに一瞬なりますが、すぐに「結局ムリじゃん・・・。」ってなるんです。

 

 それは、自己呈示の本質をわかっていないからです。

 

 なぜ私たちが、意識的あるいは無意識的に自己呈示をしてしまうのか、そのメカニズムを正しく知ることができれば、私たちは上手に自己呈示を使いこなすことができます。ワンちゃんを手懐けるようにね。わんわん。

 

【2. その自己イメージ、誰にとって望ましい?】

 私たちは常に「自己イメージ」というものを持っています。専門用語として使っているわけではありません。あなたが考えるあなたの像みたいなものですね。

 その「自己イメージ」は、多くの場合、「良い」ものにしていたいのが人間の常です。周りから評価されたいと思うし、愛されたい。

 

 ただし、その「自己イメージ」には二つの見方があります。「わたしから見たわたし」と、「他の誰かから見たわたし」。私たちは、基本的にひととつながりながら生きているので、自分自身が純粋にもつ「自己イメージ」が、他者から良いと評価されるとは限らないことを経験的に知っています。

 そういうときは、「自分はよいとは思わないけれど、他者からよいと思われることをしよう」と動機付けられるわけですね。

 

※動機付け・・・モチベーションとも言います。カンタンにいうと、「こうしよう!」とやる気が起こっている状態。

 

 ここで起こるのが「自己呈示」なのです。相手にとっての良いイメージを実現させること。そうする理由は、「その人と仲良くなりたいから」です。仲良くなりたくない人には、基本的に自己呈示はしません(ただし、例外もあります。これについては次回に)。

 

「あの人と仲良くなりたいっす!」

    ↓

「でも、自分と考え・価値が違うみたいっす!」

    ↓

「だったら、あの人が良いと思う考え・価値を、自分も良いって言うっす!」

 

 という流れです。

 

 ここで、大きなポイントがあります。「あの人が良いと思う考え・価値」って、・・・

 

 なんでわかったんですか?

 

 次回は、このつづきを書いていきます。