なぜ、「よく見せる」のは「よくない」のか?その2

 こんにちは。minipsyです。今日も、あなたの心に刺さる一言が書けるように、頑張っていきます。

 

 前回のつづきです。自己呈示をするときに、私たちは相手が良いと思う考え・価値を良いとすると書きました。そうすることでその人と繋がることができると。
 ですが、なぜ「あの人」が良いと思う考え・価値を、「あの人」自身ではないあなたがわかるんですか?ということを、今から書いていきます。
 
 あなたにはあなた自身の考えがあるように、「あの人」には「あの人」自身の確固たる考えがあります。「目玉焼きは塩こしょうに決まってんじゃん!」から、「死んだときは海に骨をまいてくれぃ・・・」まで、いろいろな分野(?)で、千差万別の考えがある。


 そして、あなたが唯一完璧に(本当は完璧ではないですが、わかりやすくするためにそう書きました)わかるのは、「あなた自身の考え」のみです。だからこそ、自己イメージに近づけるための努力は、多くの場合実を結びます。

 

 だって、毎回的を得ているから。

 

 別の見方をすると、あなたは他の人が何を考えているのか、何を望ましいと思っているのかは、一生わかりません。もっと言えば、わかろうとすることはできますが、実際にわかっているのかどうかは、わからないのです。


 例えば、あなたの友人Aさんが、Bさんのことが好きだという場合を考えます。ここで、Aさんは「実際にBさんのことが好き」(事実)だとします。

 あなた自身が、Aさんの好みのタイプやこれまでの交際歴などを調べて、Bさんのことが好きかどうかを推理することはいくらでもできます。そして、Aさんに「おまえ、Bさんのこと好きなんだろー?」(修学旅行の夜のテンションで)って聞いた時に、「うん。」って返されることもあるでしょう。つまり、推理が当たっている場合もあります。

 

 でもね、

 

 推理自体が当たっていても、あなたが推理を当てたのかどうかを知ることはできないんです。永遠に。「本当に本当に、Bさんのことが好きなのか?」「うん!」ってなったとしても、その「うん!」の真偽を確かめることはできず、いたちごっこのような状態になります。

 そして、人間関係が上手くいっている状態っていうのは、・・・

 

 本当かどうかはわからないまま一応推理したものが、偶然本当だった

 

 という状態なのです。「阿吽の呼吸」のようなものですなぁ。「おい」って言ったらお茶が出てくるけど、その「おい」の発音が1オクターブ高かったら爪切り出てくるよみたいな。

 

 他方で、人間関係が上手くいっていない状態っていうのは、・・・

 

 本当かどうかはわからないまま一応推理したものが、偶然違っていた

 

 という状態なのです。つまり、あなたの「相手のことを知ろうとする努力」は、結果につながる場合もあれば、そうならない場合もある。当たっていれば上手くいくけれど、ハズレていれば上手くいかない、それだけなのです。

 

【3. 自己呈示を喜ぶのは〇〇だけ】

 ここまでくれば、自己呈示の本質が見えてきます。前回のところで、「仲良くなりたくない人には、基本的に自己呈示はしません」と書きました。実はこれも、あなたの思い通りになるとは限りません。

 あなたが「あの人と仲良くなりたくないな・・・」とボヤいている状態は、これはまぎれもない真実です。誰にも否定できません。しかし、そんなあなたが自己呈示しない(わかりやすい例で言えば「そっけない態度をとる」などがぴたっと当てはまりますが、)ときに、その人があなたのことを悪く思うかどうかは、

 

 あなた自身がコントロールすることはできないんです。

 

 「良く見せようとすること」が「良く見られること」に直結しないのと同様に、「良く見せようとしないこと」もまた、「良く見られないこと」に直結しないんです。あなたがそっけない態度を見せても、相手には

 

 その塩対応、最高だわ。

 

 って思われる場合もあるってことですね。だから、自己呈示を喜ぶのは他人じゃない。正確に言えば、自己呈示を他人が喜ぶかどうかはコントロールできません。自己呈示は自己満足なんです。

 

 最後に、自己呈示のまとめをします。

 

 あなたが自己呈示をするとき、その自己呈示は「相手にとって良い印象を与える」と思い込んでやりがちですが、

 

 実は、「相手にとって良い印象だと自分が勝手に思っていることを見せている」に過ぎないんです。

 

 ですから、自己呈示が上手くいかないときには、あなたの自己呈示が上手くいかなかったのではありません。その人に対して悪い印象を自己呈示したと思えばいいでしょう。これを踏まえて、自分の印象を良く見せる技術を磨いてもいいですし、逆に素の自分を見せていくことに徐々に切り替えても良いのではないかと思います。

 

 ちなみに、「素の自分を見せること」は、心理学では自己開示(self-disclosure)といいます。次回は、自己開示について書いていきますね。