なぜ、お願い事を平気で断る人は、これ見よがしに幸せなのか?その1

 こんにちは。minipsyです。今日もあなたの心に突き刺さる一言が書けるよう、頑張っていきます。

 

 今回は、「お願い事」について、書いていきます。

 

【1. お願い事は文字どおり「お願い」である】

 僕が思うに、日本人は「お願い事を断らなすぎ」だと思います。これは、「だから良い」「だからダメだ」というお話ではありません。単に「断らなすぎだなぁ」と僕が感じているということです。

 

 ところで、お願い事には2種類あると思います。

 

[1] 自分が是非引き受けたいお願い

 

[2] 自分が引き受けたくないお願い

 

 このうち、[1]については、二つ返事で颯爽とこなしていきましょう。こちらについては問題ないと思います。問題は[2]です。例えば、忙しい最中に

 

「これ、明日までにやっといてくれる?」

 

 みたいなものに対して、どう「対処」していくかということです。まず、僕が書いておきたいのは、

 

 お願い事とは、お願いであり、義務ではないということです。

 

 あなたが今、好きでやっていることは、「自分発信」であり、「他者発信」ではありません。誰にもお願いされていないことをやっているわけです。一方で、誰かが誰かにお願いをするというのは、

 

 誰かが誰かに介入している

 

 ことになります。相手の時間を明らかに奪っているのです。ちなみに、仕事の一つとしてカウントされるものは「お願い」ではなく「お仕事」ですので、職場での役割的に明らかにやるべきものは、本来自主的にでもやらなければならないものなのです。そのような仕事をしていて忙しい時の

 

「これ、明日までにやっといてくれる?」

 

 は、厳密に言うと「お仕事」ではありません。「お願い」です。あなたはYESかNOのどちらでも選択することができるのです。

 

【2. お願い事をよく引き受ける人の印象は〇〇】

 ここで、あなたが「お願い事をよく引き受ける」と自覚している人だとするならば、あなたは周りの人からどう思われているのでしょうか。おそらく、

 

 いい人

 

 だと思います。「せっかくお願い事を無理して引き受けているのだから、ちょっとくらいいい評判をもらってもいいだろう・・・」と思う前に、いい人の「前」には

 

 「使い勝手が」

 

 がつくことを意識しておく必要があります。普通、お願い事というのはランダムにくるものです。社内に100人いたら、自分に来る確率は1%です。なぜなら「お願い」だからです。

 

 だから、「一生のお願い」は無限に使えるのです。

 

 「一生のお願い」×日本の人口=約1億2000万回、日本人は一生のお願いを使えます。

 

 あなたがお願い事を引き受け続けていると、それまであなたにお願いしてこなかった人までお願いしにきます。なぜなら、使い勝手がいいからです。

 

 それでよいのなら、そのまま続ければよいのですが、

 

 少なくとも僕は、「誰でもできるお願い事」を永遠にやるのはイヤです。

 

「助け合いをするのが会社だろう!」

 

 と言う人がいるかもしれませんが、助け合いと、過剰なお願い事は全く別モノです。お願い事は本来、自分自身が時間に余裕があるときに引き受けるものです。

 

 では、どのような意識を持つことによって、お願い事を華麗にかわすことができるようになるのか?これについては、次回に書いていきますね。