なぜ、テキトーに生きている人は幸せなのか?その2

 こんにちは。書籍化に近づいているminipsyです。今日もあなたの心に突き刺さる一言が書けるよう、頑張っていきます。 

 

 今回は、「具体的にどんな『テキトー』を目指せばよいのか?」について書いていきます。

 

【2. 分離を目指すのが真の「テキトー」】

 「ミニマルな人間関係」を目指す上で僕が重要だと思っていることの一つに、「分離」があります。つまり、自分自身が思っている自分自身と、相手が思っている・期待している自分とを分けて考えるということです。

 

 ここで是非とも気づいておきたいのは、

 

 テキトーって、結局他人がそう判断したんだよねということです。

 

 待ち合わせの例でも、13時と決めたのは当事者間の話です。普遍的に「13時以降にある地点に遅れることをテキトーと呼ぶ」わけではないのです。

 

 ここで、上手にテキトーになれない人の最大の特徴を発表します。それは、

 

 過去の期待を、現在も背負っているということです。

 

 他者から期待されていることは、それ自体とても嬉しい事です。そして、どこかの時点で言葉として言われたからこそ、記憶しているのです。

 でも、ずっと期待されている人間はいません。「適材適所」の考えの中で、偶然、その状況で能力が発揮されると判断されたときに「期待しているよ」と言われただけなのです。

 

 マジメすぎる人は、他者からの期待を、いつしか「自分から自分への期待」にシフトしているのです。

 

 もちろん、これ自体は全くもって悪いことではありません。ある意味、自分自身がエンジンとなってモチベーションを上げているのですから、パフォーマンスが継続的に上昇することは間違い無いでしょう。

 

 しかし、ここで僕が目指したのはあくまで「ミニマルな人間関係」。頑張る時もたしかに必要ですが、それでカラダを壊してしまっては元も子もありません。

 

 テキトーになれる人は、過去の期待は過去で清算し、現在に持ち越しません。

 

 コンスタントに結果を出し続けていくためには、休息の時間も必要です。特に仕事や人間関係は長い目で見るものなので、短距離走を何度も繰り返すような生き方では息が詰まってしまいます。

 

 「今日くらいいいや〜」と肩の力を抜く人ほど、普段は信じられないくらい頑張っているのです。

 

 テキトーを羨ましがる人は、そのほとんどが「現在頑張りすぎ」なのかもしれません。ちょっと1杯、コーヒーでも飲みませんか?