なぜ、肩がぶつからないようにしている人は幸せなのか?

 突然ですが、主に駅で(なぜ駅なのでしょう?)、無理やり肩をぶつけてくるサラリーマン(なぜサラリーマンなのでしょう?)がいます。

 

 彼らはおそらく、職場や家庭でのストレスをどこにもぶつけることができず、肩にぶつけているのだと思います。

 

 ここに、学びのポイントがあります。

 

 本来、「肩をぶつけることによってストレスが解消される」のなら、家の壁やドアにひたすらぶつけていればよいのです。

 

 では、なぜそうせずに、あえて見知らぬ人に、罪のない人に、肩をぶつけてくるのでしょう。

 

 それは、みんな、寂しいからです。

 

 誰かに認めてもらいたいという感情は、基本的に誰にでもあるものです。ところが、この感情の放出の仕方は人によって異なります。異なるというのは、行為そのものという意味もありますが、もたらす結果が「認められる」以外になってしまうということも大いにあるのです。

 

 この「ぶつかってくる肩」を、私たちはかわす必要があります。

 

 もしぶつかってしまったら、その人の負のエネルギーの総量が単純に増えてしまうだけです。負のエネルギーは「移行」せず「繁殖」するのです。

 

 肩がぶつかったら、たとえ相手が意図的にぶつけてきたとしても、「なんだよ!」「謝れ!」みたいな感じになってトラブルになります。

 

 しかし、ぶつけてくる肩をかわしたとき、「なんでかわしたんだよ!」とは絶対になりません。

 

 残念ながら、犠牲者といいますか、あなたがかわした代わりに別の人が餌食になってしまうかもしれませんが、

 

 そこまで考えるほど、あなたは寛大ですか?

 

 ということですね。