人は、本当に、自分がよければそれでいいと思っている生き物。その1

 ミニマルな人間関係を築きたい人たちが、なぜそのように思ったのかについて考えを巡らせてみると、おそらく、

 

 最初は大勢でいることを望んでいたけれど、結局はその集団のひとりひとりのエゴが浮き彫りになったことに嫌気がさしたからだと思います。

 

 まず、前提として、人の意見や育った環境は全く異なります。だからこそ、

 

 地元が一緒なだけで嬉しくなるのです。

 

 意見や育った環境が全く異なる人間同士が、なぜ集団でいることができるのでしょう?それは、

 

 みんなが、「その場を壊さない」という暗黙のルールをしっかり守っているからです。

 

 心理学では、このことを「多元的無知」と呼んでいます。つまり、

 

 自分は望ましくないと思っているけれど、他の人はみんな望ましいと思っているから、自分も仕方なく従っていると、その場にいるみんなが思っているということです。

 

 たとえば、飲み会に集まった人が全員ハイボール大好き人間だとします。ハイボール、美味しいですよね。

 

 さてさて、飲み会が始まる前に店員さんが「まずお飲み物はいかがしましょうか?」と聞きます。

 

 ある人(←ハイボール好き)が、何の気なしに、「えーっと、とりあえず・・・」と言います。

 

 とりあえず生という地獄の始まりです。

 

 ここで、日本人の多くは、「ここで自分だけハイボール飲むとか言ったら浮くよな」と勝手に思い込みます。

 

 ちなみに、その人が「浮くよな」なんて思う前に、服装などで浮いていることさえあるのです。

 

 この「ハイボール飲んだら浮くよな」という勘違いを、全員がして、結果的に全員が、飲みたくないビールを飲むという現象が多元的無知です。

 

 ではなぜ、ここまでして人は集団を形成しようとするのか?心理学の本では難しい専門用語を使っているところを、次回、僕はわかりやすく書いていきたいと思います。