意味のないことをやれ

 私たちは、今、「自分でできることなのに他のモノに任せる」という傾向が強すぎると思います。

 

 例えば、パソコンで何かを調べるということ自体、今は当たり前のことになっていますが、パソコンがない時代には図書館に出向いたり、自宅でも辞書をあたったりしていました。

 

 それが、パソコンで文字を打ち込んで調べることも面倒臭くなって、音声で認識させて、AIに調べさせるという時代に(事態に)突入しています。

 

 一見、ミニマルな日常生活を送るにあたっては、このような機械は望ましいように見えますが、僕はまったくそのように考えていません。

 

 現代人は、ムダに過敏になりすぎです。

 

 色々な人の生活を垣間見る時に、「そんなことして一体なんの意味があるの?」と思うことがあると思います。僕もあります。

 

 集める必要のないフタ、デジタルじゃなくてフィルムのカメラ、Suicaじゃなくて切符など、便利にすることを第一の目標にしたら無駄なものというのは枚挙に遑がありません。

 

 ですが、得てして、無駄なことをしている人は幸せそうです。

 

 というよりも、無駄だと思っているのは観察している人側の勝手な意見です。

 

 実は、もしかしたら、AIに色々と任せることによって脳機能が萎縮したのだったら、ものすごい時間をかけて、「何か」に対する遠回りが始まっているのかもしれないのです。