教育はミセモノじゃない!

僕自身がミニマルな教育を目指す上で一番「違和感を抱いている」ことがあります。

 

教育に関する研究とは、他の学問とは違い、流動性が極めて高いものです。

 

教育に携わりながらよく感じているのは、たとえば水道業者の人が水道の点検に来た時にあれこれ専門用語を話していました。

 

次に、ガスの点検に来た人が、あれこれ専門用語を話していました。使う器具も、普通のホームセンターでは売っていなさそうなものばかりでした。

 

教育には、専門用語はいっさいありません。

 

これは心理学においても言えることなのですが、心理学や教育学における専門用語は、「別に専門用語にする必要がないけれど、なんとなくかっこいいからラベルを貼っている」ものがほとんどなのです。

 

アクティブ・ラーニングなんて名前は、あくまで外部の人に見せるための広告のようなものです。

 

教育現場で実際に働いている人はわかると思いますが、人に見せるための研究授業は、対象が生徒ではなく来場者になっています。

 

授業は、劇ではありません。

 

授業は一過性の「生徒を利用した自己実現(自己とは教師を指します)」ではないことを、これから伝えていきたいと思っています。

 

といっても、これはかなり難しいことなんです。

 

人はみな自己を他人に見てもらいたい欲をもっています。教師にとってそれは授業中だったりするのです。

 

うまくまとまっていませんが、本質的な議論ができるようにこれから鍛錬していきたいと思っています。