顔がキライ。以上。

ミニマル教育を僕自身が目指す上で最も大事にしていることは、「本来自分が持っているエネルギーを、最大限に生かす」ことです。

 

最短距離で、自分の目的、目標を達成することを目指します。

 

その上で、失わずに持ち続けていきたいのが、「こいつ、なんか、顔がキライ」という極めて基本的な感情です。

 

「教育者として、そういうことを言っていいのか?」

 

いや、なぜ、教育者に顔の好き嫌いがないというのでしょうか?

 

私たちが自分で自分の生き方を狭めている一つの原因は「思い込み」です。

 

しかし、本能的にキライな顔というのは確実に存在します。

 

キライな奴と仕事をすると、パフォーマンスは低下します。これは真実です。

 

しかし、顔がキライだからといって、上司や同僚の場合、あるいは取引先のお偉いさんの場合は、その感情を抑圧しなければならないこともあります。

 

・・・っていうのを学ぶのが、学校なのです。

 

顔がキライなんだったら、その人よりも努力して、他の人に認められればよいのです。

 

単に陰口を叩いて終わるのは、かっこ悪いです。

 

では、逆に考えて、何が人のモチベーションに寄与するのかを考えます。

 

「こいつ、キライ。だから、勝ちたい。」です。

 

好きな人のために頑張ろうという感情ももちろんあります。ありますが、それは自然と身につけていくものですし、言われなくてもなんとなくわかります。

 

日本においては、あまりにも「人を見た目で判断しないでください」という教育がまかりとおりすぎているのです。

 

僕が言いたいのは、「人を見た目で判断しろ」ということではなく、「人をついつい見た目で判断しちゃうのはなぜだろう?」と真正面から考え抜くことなのです。