儚き恋ミニマル?

いつも「ミニマル教育・ミニマル心理学」を読んでくださり、ありがとうございます。

 

毎回読んでくださっている方はお気づきだと思いますが、今回のミニマルにだけ「?」をつけました。

 

今回のテーマについては、本当にミニマルにすべきか自ら疑問視しています。

 

あなたは、最近恋していますか?

 

99%、このつづきには「恋していないのかい?恋しようぜ?」というおせっかいメッセージがきます。

 

実は、僕は昨日失恋しました。

 

好きだったので、とてもツライです。

 

といっても、こちらの片思いだったんですけどね・・・。

 

年上のステキな方だったんですが、まさに昨日、付き合っている人がいることが判明したのです。

 

さて、そう知った経緯は置いておいて、このままだと不幸気取り屋ブログみたいになってしまいそうです。ここからミニマルにつなげていきます。

 

片思いをしてフラれたり、恋に破れたりすることは、必ず人間にダメージを与えます。

 

特に、手が届きそうだったのにするりと抜けていくような恋なら、立ち直るのに時間がかかります。

 

例えば、競馬やパチンコで負けてばかりいる人は、競馬やパチンコによるダメージしか食らっていないので、速攻やめたほうが本人のためです。

 

恋も、やめたほうが、マイナスをゼロにできるので、ミニマル的な生活のためには良さそうな気もしないでもないです。

 

しかし、これが行き過ぎると、ミニマルではなく「ニヒル」になってしまいます。

 

ミニマルはあくまで目標達成のために他のいらないものを最小限にしていくものであって、全てをなくすわけではありません。

 

前に「ミニマルとミニマムの違い」を述べたことがありますが、それと似通っています。

 

色恋沙汰的なものを一切削ぎ落とすと、そもそもなぜ今生きているの?という疑問を前に身動きが取れなくなってしまいます。

 

インサイドの思いをなくすことはできませんし、仮に自己満でそうできたと思い込んでも、精神的なツケは必ず払わされます。

 

人間関係を最小限にすることはできますが、その際、最小限の人間関係との愛情は確保できるように作戦を立てておかなければなりません。

 

作戦なきミニマルは、ニヒルに近づくことを頭の片隅に入れておくと良いかもしれませんね。