勉強が楽しい

なぜ、「勉強が楽しい」だけではいけないのだろう。

 

なぜ、「いい大学」に行くことが目的となって、勉強はそのための手段となっているのだろう。

 

大学って、「大いに学ぶ」ところだよね?

 

エスカレーター式で上がれたことを喜ぶだけなら、デパートの屋上で十分じゃない?

 

100円入れたらくるくる回るおもちゃはあるけど、「大いに学ぶ」ことはできないよ。

 

でもそれは、今の大学も同じかもしれないね。

 

大学は、「夢が叶う」場所ではなく、「夢を叶えるために必要な」場所だよ。

 

講義のほとんどは、学びたいというニーズに合ったものじゃなくて、一人一人の教授の発表会みたいなもの。

 

だからこそ、出席だけされてスマホいじられても困るってことで、評価方法を試験だけにしてるんじゃないの?

 

そこで、夢を叶えるために必要な資格を取りに行くのが大学の今の最低限の機能だよ。

 

もっと勉強したい!っていう人が、生涯の恩師に出会えるかもしれないのが、大学っていう場のはずだよね。

 

まだ高校生だよっていう人に覚えていてほしいのは、

 

大学の教授のほとんどは、自分勝手こじらせ野郎だってこと。

 

自分の研究の話を聞いてくれる人には優しいの。

 

でも、そうじゃないってわかったら、すぐに心のシャッターを閉じちゃう。

 

そうやって閉じても、大丈夫な環境が大学だから。

 

とんでもないパワハラをされたら、必ず第三者に相談するんだよ。

 

論文指導をろくにしてもらえないとか、もうそれ職務放棄だからね。

 

 

 

あと、もし今の時点で「勉強したい」「勉強って楽しい!」って思っていたら、

 

どうかその気持ち、忘れないで。