ミニマル人間関係の覚悟

「覚悟がある人」が選択する人間関係とは、「去る者を追うこともある」し、「来る者を拒むこともある」なのかなと最近思います。

 

「来る者を拒まず、去る者を追わない」というのは、一見人間としての器が大きいような気もしますが、自分自身の基準があってそうしているのか、基準がないからそうしているのかはわかりません。

 

去る者を追うとは、自分がどうしても熱烈なオファーをしたい人を逃さないということです。

 

「その人が嫌がっているから」とは別次元の話です。

 

来る者を拒むとは、例えば待ち合わせを余裕ですっぽかしたり、1時間程度悪びれもなく遅れたりする人間を遠ざけるということです。

 

「その人が自分を好いているから」とは別次元の話です。

 

この世界には、自分(あなた)がどんなに寄り添おうとしても、どんなに理解しようとしても、無理な人間がいます。

 

これは差別的な発言ではありません。

 

なぜなら、相手から見たときにあなたは「理解しようのない人間」として映る、いわばお互い様状態だからです。

 

(お互いに差別的、と言われれば、そうなのかもしれませんが。)

 

あなたが目標に向かって努力している姿を、見てくれる人は必ずいます。

 

しかし、それを実感できないこともあるでしょう。

 

というのも、「見てくれる人がいる」という事実と、「未だその人物との接触ができていない」という事実は相反しないからです。

 

ここにタイムラグがあり、多くの人は我慢できなくなってしまいます。

 

見てくれる人は必ずいますが、それは持続的に努力している場合に限るということです。

 

でもこれって、楽しめるコンテンツにもなりえますよね。

 

つまり、「よし、こうなったら、自分の努力を認めてくれる人をびっくりさせるような成果を出してみせるぞ!」というモチベーションにつながります。

 

そして、見てくれる人が遅かれ早かれ現れるのであれば、その成果を見たその人は感動してあなたにメロメロです。

 

ひとを待つことが、覚悟です。