教育≠ジコマン

青臭い質問ですが、

 

教師って、なんでしょうか?

 

例えばトラックの運転手は、あれだけ大きな乗り物を乗りこなす技術をもっています。

 

よって、災害現場に出向くとしたら、「運転手」「機械を動かせる人材」としての価値があります。

 

コックさんは、美味しい料理を作ることができます。

 

よって、海外に行っても、「料理人」「ウマイものを作る人材」としての価値があります。

 

・・・教師って、自分がいる学校以外での価値、あるの?

 

大学卒業時になんとなくもらえる教員免許を、「一応カリキュラム的にとれるから」という理由でとっても、カップ麺ほどの価値もありません。 

 

 

そして、教師が「自分がこの教室にいないとこのクラスはダメになる!」と思っているのは99%錯覚だと私は思います。

 

クラス、そして生徒は、一過性の「生徒を利用した自己実現(自己とは教師を指します)」ではないのです。

  

人はみな自己を他人に見てもらいたい欲をもっています。トラックの運転手であれば運転中の横顔、コックさんであれば料理そのもの。

 

教師にとってそれは、生徒という他人を鏡のように利用しているのです。

 

他人を巻き込み、他人にプラスの影響を与えないジコマンは、ニセモノの教師の証です。