教師<ユーチューバー

私たちが安定した精神で生活を送るには、ある種の「怠惰」が必要です。

 

ある程度の低空飛行、一定の退屈が、日常を支えます。

 

しかし、その生活が必ずしも変化を必要としないとはいえません。

 

教師という仕事は、2,30年前までは「先生様」でした。

 

何を言っても、先生だから許されるという状態でした。

 

それに逆らうとか逆らえないとかではなく、「従う」ことにそもそも疑問を持たなかった時代です。

 

しかし、この価値観は簡単に壊れました。

 

いつしか教育の世界にも市場原理が入り、「教えるのがヘタクソな教師は淘汰される」時代です。

 

残念なことに、すでに4,50歳に入った教員が年功序列のフィールドから強制的に駆逐されるということは起こりません。これが日本の現実です。

 

一方、若い教師は、能力主義になっています。

 

年長の教員にとって、自分たちが変わろうとしないのを棚に上げておいて、若手の教員には、やれICTを使えだのアクティブラーニングをやれだの言います。

 

これをピンチではなくチャンスととらえるためには、「今の教師に足りないものはユーチューバー的要素」であることに気づかなければなりません。

 

なぜ授業中にYoutubeを見る生徒が増えたのか。

 

それは単純に、

 

授業よりも圧倒的にYoutubeの方がオモロイからです。

 

逆に言えば、授業が面白ければYoutubeを見なくなるということです。

 

ちなみに、現在進行形で発展し続けているYoutubeの側が面白さをなくすということはありえませんので、

 

生徒の目線をスマホから黒板に移すためには授業力の向上以外何も役に立たないということです。