あなたは理想の人にはなれない

付き合っている恋人に、「ボクが読書とか仕事をしているときは、ボクにかまわずに好きなことをしてほしい」と言われた。

 

そこで、彼が何かに熱中しているときには、本当は甘えたいのを我慢して、自分も本を読んだり考え事をしたりするようにしている。

 

このように、「本当はこうしたいけど、対人関係である以上、事細かく行動を変えなければいけない場面」って、多いと思うんですよね。

 

しかし、残念ながら、

 

そのような関係は、長続きしません。

 

なぜなのか。答えは明白です。

 

ムリすればするほど、自罰的あるいは他罰的になるからです。

 

「自罰的」とは、「自分はダメな人間だから、合わせるしかない」という考え方です。

 

しかし、人間はそもそも本能的に自分を肯定していくものですので、本能的な考えと乖離する理性はいずれ爆発してしまいます。

 

他方、「他罰的」とは、「こんなに我慢したんだから、アナタも何かやりなさいよ!」という考え方です。

 

これは相手に別の我慢を強いることになり、「自罰的」と同様の結果に行き着きます。

 

ここで一つ思考実験をしてみましょう。

 

あなたが牛肉ではなく鶏肉だったとしたら、どう頑張っても「ステーキ」にはなれません。

 

正確に言えば、ステーキになったところで、「いやいや、オレは牛フィレを頼んだんだけど!」と言われておしまいです。

 

よって、食材(=生まれ持ったあなたの素質)を取り繕っても、相手の注文にかなうことはできないのです。

 

しかし、あなたは「唐揚げ」になることができます。

 

そして、ステーキを好む人もいれば、唐揚げ大好きな人もいます。

 

間違った方向に進んでしまう人は、唐揚げ好きな人の目線を無視して、自ら(なれない)ステーキになろうと必死に頑張ってしまう人です。

 

自分のポテンシャルをしっかりと見つめ、限界と向き合ったとき、たしかに一瞬だけ大きな苦しみが生まれるかもしれません。

 

しかし、その後の覚悟を持った状態は本当に強いです。

 

限界は素質ですが、限界を知る勇気は理性です。