心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

「コンビニ化」する学校

「いらっしゃいませ〜、こんにちわぁ〜。」

 

アルバイトがコンビニ初挑戦。まずはこの言葉から「覚える」ことになる。

 

しかし、覚えることはこれだけではない。

 

肉まんのタイミング。古い方を左に置き、新しい方は右に置く。

 

賞味期限4時間以内のものは廃棄。当然、持って帰って食ってはいけない。

 

現在社会人の方々は、この他にも宅急便やタバコの銘柄さえ覚えれば楽勝だと思っているだろう。少なくとも、自分自身がコンビニ店員だった頃はそうだった。

 

しかし、メルカリ、アマゾンの受け取り業務やチケット発行など、コンビニの仕事はどんどん増えてきている。

 

この状況、何かに似ていないか?と私は思った。そう、

 

学校って、いま、コンビニ化してない?

 

本来米を炊かなければごはんを食べられなかったのに、コンビニがおにぎりを100円で販売したことによって、炊事の負担はだいぶ減ったといってよい。

 

それと同じ現象が、現代の学校でも生じている。

 

例えば、本来は親がきちんとしつけなければいけないことを、学校が代わりにやっている。

 

こうなれば当然、親は勘違いして「あなたたちの教育が間違っているから息子はこうなった」と言ったりする。

 

いや、そもそも教育は親から始まっているよ。

 

運動会の準備、文化祭の運営、好き勝手に動きたがる子供達をいかにコントロールしていくかに悩み尽くす修学旅行。

 

言うなれば、「ジムのトレーナー」、「博物館の受付」、「旅行代理店」の最も地味で辛い仕事を抽出した、いかにも苦味のパンチが効いてそうな仕事を、すべて教師が行っているのである。

 

なんでもできるのは当然。なぜなら、全て「誰かがやってくれるだろう」という簡単な仕事だからだ。

 

しかし、簡単である仕事ほど、実は時間を取る。

 

メルカリの対応は、おでんを買いたい客をほんの2,3分待たせるが、教師の場合は体育祭の打ち合わせによって生徒の人生を左右する進路相談に1時間遅刻する。

 

教育改革は、子ども目線だけでは足りない。まずは、教師のワークライフバランスからはじめなければならない。