心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

「自分を許しなさい」というワナ

私は中学校の部活で、とても嫌な経験をしました。

 

詳しくは述べませんが、人間関係的なことです。

 

ここでは、私がひたすら過去の愚痴を吐露するわけではありません。

 

過去との向き合い方について一考したいのです。

 

私たちは、「許す」という行為を知っています。

 

「許す」は、一般的に二種類の使われ方をしています。

 

[1]相手がやったことに対して、とがめないことにする

 

[2]警戒心をゆるめる

 

ここで、[2]については「気を許す」のような用いられ方をします。相手の思い通りにさせるという意味も、「許す」にはあるようです。

 

勿論、ここでは[1]の意味について考えていきます。

 

相手が約束の時間に5分遅れても、私たちはその相手をとがめたりはしません。

 

まさに、定義上最もわかりやすい許し行為です。

 

そして、「自分自身を許してあげてください」という言葉があります。

 

これは、日常では滅多に使わない表現ですね。

 

この言葉を使う際、その対象となる行為は、二つの特徴があります。

 

圧倒的過去、かつ、許すまじ。

 

な、行為です。

 

あまりにもひどいことをされて、とてもじゃないが許す気にはなれない、十年以上前の出来事などが、これにあたります。

 

ここで、「許す」という言葉を安直に使うと、それは凶器と化します。

 

すなわち、「自分自身を許すことができない」という二次被害です。

 

なぜ、被害者が、自らを苦しめる境地に立たなければならないのでしょうか?

 

許すという行為は、対象となる相手が行ったことそのものに常にできる魔法ではないのです。

 

そこには、条件が必要になります。

 

「相手からの誠心誠意の謝罪」です。

 

自分自身が受けたマイナスは、過去のものであり、現在の相手がそれを限りなくゼロに近づける行為があってこそ、私たちはようやく「自分を許す」という段階に行くことができます。

 

これは、人間性が低いとか気持ちが弱いとか、そういった問題では片付けられません。

 

あくまで、被害者は被害者なのです。

 

もし、カンタンに自分自身を許し、相手を許すことができたら、「過去にやられたことは忘れないとバカだ」という認識が蔓延するのではないでしょうか?

 

これはおかしいです。

 

私たちができることは、過去をなかったことにすることではありません。

 

二度と同じような被害が起こらないように、あえて相手を許さないという覚悟が大事な時もあるのです。