心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

教師と「性」の罪

教員が人間である限り、必ず持っているものがあります。

 

それが、まさに「性」です。

 

(ここでは、男性・女性と二元的な区別をして議論させていただきます。ご了承ください。)

 

この「性」と教師との関係についてみていきます。

 

まず、教師は一度正規職員としての地位を得ると、基本的には「せんせい」という状態を半永久的に守ることができます。

 

たとえば、教えるのが著しく下手くそな教員は、最初の5年はそれを直そうと努力するかもしれません。

 

しかし、一定の時を経ると、周りの人間が「あのせんせいは、ああいう教え方をあえてしている。一見下手くそに見せかけて、生徒の復習への意欲を失わせない。」とか言っちゃったりします。

 

下手くそな授業を改善しないことは、教師として明らかな失格行為です。

 

ここで、男性教員が、授業の質など一ミリも鑑みずに、「男」として女子生徒に接するという行為が蔓延しています。

 

同じく、女性教員が未だに女としての部分を捨てきれずに、男子生徒をたぶらかしているのも現状です。

 

彼らは、「もはや完全な保身ができた職場」において、エネルギーを持て余しています。

 

人間の最大欲求のうち、食欲と睡眠欲は「個人内で100%解消可能」なのに対して、背意欲だけは「相手がいてはじめて満たすことができる」、ちょっと特殊な特性を持っています。

 

ここで、エネルギーを持て余した教師たちは、ひたすら「男磨き」「女磨き」をするようになります。

 

髪をワックスで固める前に、授業スタイルを固めてもらいたいものです。

 

香水を撒き散らす前に、学ぶべきことを生徒に発信するのが先決なのではないでしょうか。

 

しかし、残念ながらこのような声はほとんど届きません。

 

保身だけが目的の教師は、職員室でも教室でも、スマホばかり見ているからです。

 

もちろん、私が書いているような記事は読まないでしょう。

 

それだけならばよいのですが、問題は「そこが職場ではなく学校だ」ということです。

 

右も左もわからない、性行為のやり方もよく把握していない生徒たちにとって、ワックス男や香水女は「魅力的」に見えてしまうのです。

 

さらに、心理学でよく言われる「ロミオとジュリエット効果」というものがありますが、「教師と生徒という禁断の愛」に惹かれて、人生を壊されてしまう生徒も少なくないのです。

 

自分が学ぼうとせず朽ちていくのは問題ありませんが、学校での振る舞いが生徒に悪影響を及ぼしていることを忘れてはなりません。

 

それを忘れた教員は、即刻学校を去るべきです。