心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

アクティブ・ラーニングをやめろ

「アクティブ・ラーニング」は、流行です。

 

はじめに、「アクティブ・ラーニング」という言葉が生まれる前にも、生徒の自主的な発言を重視する教員はいました。想像に難くありません。

 

英会話や体育の授業などは、その性質上、基本的に「アクティブ・ラーニング」です。

 

そして、最も「アクティブ・ラーニング」にとって危険なのが、「アクティブ・ラーニング」が画一化されるというパラドックスです。

 

「こういう風に発表しましょう」という形式は、もちろん何も知らない場合には有効なのかもしれませんが、一歩間違えると結局知識教授型と一緒になってしまうのです。

 

「こう言えば教師が高評価をする」と生徒が考え出すのです。

 

これは、形として(つまり、学校説明会で「私たちはこんなに素晴らしい教育を実施していますよ」と誇張)、生徒がいきいきと発表しているように見えます。

 

しかし、生徒の内面は「演出に加担しているという落胆」なのです。

 

生徒のモチベーションが学業ではなく「忖度」のようなものとなる。

 

しかし、結果的に、本来の意味とは異なる回路で「アクティブ・ラーニング」がすすみ、結果的に、皮肉にも「アクティブ・ラーニング」が成功したように見えてしまいます。

 

このような授業の意味があるのなら、

 

入学希望者が増える。

 

このひとつだけです。

 

そこには虚構だけが残るのです。

 

最も広告となってはならない「授業」が、広告となって、宣伝材料となって、経済を回しているのです。