心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

教育とはえこひいきである

教育は、その行為そのものの中に矛盾をはらんでいる興味深い概念のひとつです。

 

例えば、ある生徒に対して「平均点を超えるためにはこう勉強しよう」と熱心にアドバイスしたとします。

 

すると、めでたいことに、その生徒は平均点を超えて85点くらいとれます。

 

(中学生くらいまでの試験は、あくまで学習習熟度をチェックすることが目的ですから、85点は基本的には簡単にとれます。)

 

しかし、ここでのポイントは「平均点」です。

 

つまり、平均点を超えるためには、敗者が「必要」なのです。

 

その「敗者」が、「勉強の機会を与えられなかった生徒たち」です。

 

ここでの機会は、塾や家庭教師からの、という意味です。

 

公立学校では(私立もそうですが)、誰が教えるかによって当該生徒の成績の伸び率は著しく変わってきます。

 

したがって、「能力の低い教師」からしか教えられる機会を得ていない生徒にとっては、いかにプロに追加的な教授をもらえるかどうかが鍵なのです。

 

仮に、全員が等しく機会を与えられたとすると、

 

85点ごときでは、平均点を超えることができなくなります。

 

よって、他のAくんやBちゃんよりも良い点を取るためには、自分が良い点を取ることだけではなく、「そのメソッド」を漏らさないことまでが必要になってしまうのです。

 

これは、一度話題になっていた「みんなで手をつないでかけっこをして、みんなで一位をとる」ことと概念的に類似しています。

 

一番になるためには、自分がド天才になっているか(ここは自分ではどうしようもありませんが)、他者から圧倒的にえこひいきされるかしかありません。

 

だからこそ、えこひいきをされに行くからこそ、親は多額の授業料と引き換えに、レベルの高い名門校に我が子を行かせたがるのです。