心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

奇跡の勉強法とは?

あなたにとって、そして、人類全体にとって、「奇跡の勉強法」とは何だろうか?

 

というよりも、「奇跡の勉強法」とは、そもそも普遍的に存在するものなのだろうか?

 

結論から言えば、圧倒的に「ノー」である。

 

なぜなら、ニューロンの数から性格特性、性別から体の大きさまで全てバラバラの人間たち全員にとって有益な方法論など存在しないからである。

 

しかし、巷には「奇跡の勉強法」(という言葉でなくても、効率的とか絶対東大合格など)が溢れている。

 

このギャップは、どこにあるのだろうか。

 

実は、「奇跡の勉強法」は、個人レベルでは十分に存在しうる。

 

しかしながら、客観的に語ることはできない。

 

問題は、客観的に語ることこそできないものの、その勉強法を取得した人にとっては「客観的に素晴らしい」と錯覚される技となるということだ。

 

これが「勉強法に関する書籍や講義」につながる。当然、その効果はイマイチだ。

 

例えば「教科書は読むな。線を引くな。とにかく人に教えろ。」のようなテクニックは、そもそも気質や体調によって(個人内でさえ)向かない場合がある。この時点で、客観的ではない。

 

では、人々が客観的だと錯覚した勉強法は何か。それは、

 

教える人と、教えられる人との、相性。

 

どんなに陳腐な方法論であっても、「生徒側」から見た「教師」の魅力度が高ければ、たちまち既成の方法ではなく、黄金ルールのようにみえる。

 

問題はその後だ。

 

どんな勉強法を使ったとしても、量をこなせば一般的な大学受験などは突破できる。

 

その「相性」を、「テクニック」に落とし込むところに、誤謬が生まれるのだ。