心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

教育は「蜃気楼」

たとえば中学校や高校は、3年間の「蜃気楼」の中を歩くようなものだ。

 

小一時間展開される全ての授業は、およそ嘘だけで成り立っている。

 

生徒たちは、知識を吸収し、前へと進んでいく。

 

一方、教師たちは常に停滞し続ける。

 

停滞しているからこそ、生徒を前に進めることができるのかもしれない。

 

そうして、あっという間に過ぎ去った三年間は、クエスチョンマークを多く残すような無数の授業から、若者たちを解き放つ。

 

引き込まれていくのは、ほんの数人だけ。

 

その知識の蜃気楼は、シアタールームで「とりあえず月額登録したから観ている映画」のように、誰の心にも残らない第三次産業と化す。

 

才能ある教師は、そこに気づき始めている。

 

たしかに蜃気楼かもしれないが、どうせ蜃気楼ならば、美しい蜃気楼(授業)を見せてあげたいと。

 

一つ一つの授業は、単体では何も残すことはできない。

 

しかし、生徒の心の中に、何かを残すことは、おそらく、できるだろう。