心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

100人記念〜信用とは〜

「ミニマル教育・ミニマル心理学」を2年継続してきましたが、ついに、読者が100人を超えました。

 

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

 

本当に、嬉しく思っています。

 

よくYoutubeなどで「100万人突破」の動画が公開されていますが、私にとっては「100人」の方に読んでいただけることが何よりの喜びです。

 

しかし、人間というのは欲が深いものです。

 

ここから、仮に読者が100万人になったとき、私はこの喜びを果たして忘れてしまうのでしょうか。

 

あるYoutuberさんが、まだまだチャンネル登録者数が伸びていないとき、生配信でのコメント返しも、お手紙の返信もありがたくいただいていましたが、現在100万人を超えていて、それもいただけなくなりました。

 

当たり前の現象なのかもしれませんが、やはり寂しいものがあり、「自分たちの元を離れていった」感が否めません。

 

相手側がそのように思っていなかったとしても、「裏切られた」と思うのがこちら側のわがままな感情なのです。

 

さて、この「裏切られた」という感覚は、表面的な人間関係の中で起こると思いがちですが、実は「親密な人間関係」において起こる傾向にあります。

 

それはなぜか?

 

期待値が身勝手に上昇しているからです。

 

例えば、ほとんど初対面の間柄では、基本的に期待値は「0」です。

 

チャンネル登録者数0人のYouTuberに、いきなりスーパーチャットをするのは身内だけでしょう。

 

天気の話しか交わさない知り合いが一人で旅行に行った時、「お土産を買って来てくれる可能性」はゼロでしょう。

 

よって、もしその人がお土産を買って来てくれたとしたら、「期待値を超えている」という点で嬉しさを感じます。

 

ところが、親密な関係にある場合、ついついお土産を期待する自分がそこにいます。

 

つまり、買って来てくれたとしても、期待値を満たしただけで、特に嬉しいわけではないのです。

 

それは喜びというよりも「確認がとれた」という方が正しいでしょう。

 

実際に、親密な関係にある人がお土産を(自分にだけ)買って来てくれなかった場合、ネガティブな感情を持ったりします。

 

親密になるということは、信用が生まれるプロセスに存在していることになります。

 

一歩間違えると、相手のことを思いやることを忘れ、「信用に酔う自分」になりがちなのが人間です。