心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

自由席・ミニマリスト。

2019年最後は、「帰省」について、次のタイミングまでに心得ておきたいことを書きます。

 

「帰省」といえば、やっぱり新幹線。

 

普段であれば朝の総武線東西線で見られるような光景が、東京駅や上野駅を中心に繰り広げられます。

 

ここで、多くの人々が「自由席」を選択します。

 

理由は二つ。

 

一つ目は、単純に「安上がりだから」。

 

指定席と比べて1,000円程度安いため、浮いたお金で駅弁でも買って車内で食べようというケース。

 

二つ目は、「予約を取り忘れたから」。

 

こちらは受動的な理由です。本当は指定席に乗りたいと思っていたけれど、仕事などで忙しく、結果的に「あの行列」に並ばざるを得なくなったということです。

 

何百席も、空いていたのに。

 

新幹線の席は嵐のコンサートとは異なり、プレミアがつくわけではないので、一人の人が必要以上に多く買い占めることはほとんどありません。

 

よって、ほとんどの人は「取ろうと思えば取ることができた権利」が、指定席といえるでしょう(言い訳をしにくいということです)。

 

ここで、自由席に乗ることの機会損失を考えてみます。

 

運悪く乗り換え中に遅延などがあり、目的の時間の新幹線の行列に並ぶのが遅くなってしまった場合、特に年末年始は「立ち」で車内の数時間を過ごすことになります。

 

もし彼・彼女が十分に金銭的余裕があったにもかかわらず自由席に「座る」ことを選択した場合、1,000円と「立ち」、1,000円と「混雑」を交換したことになります。

 

ここで、せっかく浮いたお金で豪勢な弁当を購入したとしても、食べる場所がありません。

 

一年に一回の帰省を、ケチって移動してはならないのです。

 

一年間、都会で仕事を頑張って、休むために帰省するのがスタンダードであるならば、トイレにも行けないほど混み合う車内で自ら更に疲労をためるのは得策ではないということです。

 

一方、多少お金はかかりますが、指定席、グリーン車を選択する場合には「見えない利益」が伴います。

 

例えば、飛行機は「立ち」「混雑」とは無縁です。

 

したがって、エコノミークラスであっても、リラックスすることは不可能ではありません。

 

他方、新幹線は電車なので、混雑状況によってはいつでも「立ち」「混雑」が発生し得ます。

 

これは、生まれてから死ぬまでグリーン車を選び続けた人にとっては考えられないマイナスです(二つの意味で)。

 

ちなみに、筆者も試しに昨日は自由席に乗車しました。

 

駅弁を携えて行列の前の方に並んで30分ほど到着を待ったことにより、自分自身は通路側の席に何とか座ることができました。

 

しかし、その後ろに並んでいた大半の人々が「立ち」になり、筆者のスマートフォンの画面や、弁当を真上から見知らぬ乗客が見ることができるような状況でした。

 

そして、暫く進んだ後に新幹線は急停車。

 

暖房も止まって、明らかに中途半端なところで15分ほどアナウンスもなく時間だけが過ぎていきました。

 

トイレに行こうにも、そもそも車内が在来線の満員電車に近い状態なので、行けません。

 

精神的なプレッシャーを音楽を聴いてごまかしながら、

 

私は何をやっているんだろう?

 

という思いを禁じ得ませんでした。この状況が1,2時間続いたらどうしよう。最寄駅まで寒い中歩かされるのだろうか。アナウンスがないということは余程の緊急事態なのではないだろうか・・・。

 

幸い、何事もなかったのように新幹線は動き出し(乗客の急病だったらしいのですが、詳細は不明。せめて何があったのかアナウンスしてほしかったです)、無事に目的地に着くことできました。

 

しかし、この時間、自由席ではなくグリーン車の席にいたとしたら、どのくらい過ごし方が変わっていたか。精神的にプレッシャーを感じずに済んだのかを考えると、なんだかもやもやしてしまいました。

 

2019年の最後の最後で、「時間や空間をお金で買うこと」の大切さを突きつけられたような気がしました。

 

人間は愚かな生き物なので、熱さが喉をすぎた瞬間にすぐさまあの1,000円をケチりたいと思うようになります。

 

本当に、気をつけたいところですね。

 

 

 

2020年も、ミニマル教育、そしてミニマル心理学について積極的に意見を述べてまいりますので、よろしくお願い致します。