心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

「相手が喜ぶだろう」という期待

今回は、孔子について述べていきます。

 

孔子(前551~前479)は、古代中国の春秋時代末期の思想家で,儒教の祖です。彼は幼くして両親と死別し、貧窮の中で過ごしました。

 

そして、政治に参加したり、諸国を弟子とともに遊説したりする中で、自らの思想を深めていきました。

 

ある日、孔子が弟子の子貢(しこう)から「一言だけで一生行っていけるものがあるでしょうか」と尋ねられました。すると、孔子はこのように答えました。

 

「己の欲せざるところは人に施すことなかれ」

 

これは、孔子が言う「恕」です。

 

「恕」とは、思いやりのことをいいます。

 

人は一生、他人への思いやりである恕を心がけるべきで、それは自分が他人からどうされれば嫌なのかを考え、その感情を他人に移入して、そのようなことをしないように心がけることを指します。

 

実はこの「己の欲せざるところは人に施すことなかれ」という心がけ。時代も地域も異なる「ある人物」が、同じようなことを言っていました。

 

それが、「イエス」です。イエスは「人にしてもらいたいと思うことは、何でも,あなたがたも人にしなさい」と唱えています。有名な「黄金律(the golden rule)」です。

 

人は、自分がしたことが本当に他人のためになっているのかどうかがわからない生き物です。よかれと思ってやっても、実は必要なかったり嫌がられたりすることもあるでしょう。

 

しかし、それは究極的にいえば、「相手が喜ぶだろう」という期待に沿っているだけで、自分自身がされて嬉しいかどうかを考えなくなっているのかもしれません。

 

いかに、自己満から抜け出して、相手が本当にしてもらいたいことをすることができるか。それに限りなく近づけるために、「自分」を基準にすることが大切なのでしょう。

 

自分自身がされて嬉しいこと。カンタンなようで、意外と難しい概念ですね。