心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

偏見や先入観から脱するのは難しいけれどそれは人間に標準的にプログラミングされた機能である件

先日、筋肉質の人が電車に乗り込んできたのだが、もう発車のアナウンスはとっくに終わっていて、ちょうどドアが閉まる瞬間だった。

 

その人は部活のエナメルバッグを挟ませてなんとか入り、ドアが再び開いたところで車内に入ってきた。

 

という文章を読んだ時、あなたは知らず知らずのうちに、かつ当たり前のように、「その男子学生は危険なことをしたなぁ」とか、「男子はそういうところが女子と違うんだよな」とか、色々思うかもしれない。

 

私がそこで目撃したのが、球技系のエナメルバッグを背負った女子学生であるにもかかわらず。

 

人間が自らのステレオタイプから脱して冷静に物事を見ることはかなり難しい。それは、人間にデフォルトとして備わっている機能だからだ。

 

生まれた時から死ぬまで、ステレオタイプという信念に支配されることになる。

 

なぜ備わっているのかといえば、自らの認知資源を節約したいから

 

ステレオタイプで判断できれば、それ以上その人について考えることがないからである。

 

一方、自分にとって身近な人に対してステレオタイプを用いることはあまりない。

 

あるとすれば、例えば「あなた」が男性で、相手が女性である時、この性別というカテゴリーを想起するようなケースでは、ステレオタイプ的な見方をする場合がある。

 

この「ステレオタイプ的な見方」によって、私たちは例えば教師の不祥事を報道で見て「最近の教師はダメだ」と一般化したり、政治家の発言に一喜一憂して「日本の政治家は全員おかしい」と固定化したりするのである。

 

このような一般化・固定化されたイメージは、たしかにラクだ。ラクゆえに、本人が気づかないうちに「自分で考える力」を低下させる危険性がある。

 

脱するのが難しいからといって、そこにとどまっていてよいとは限らないのである。