心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

「ラク単」から学べる人生の考え方

あなたは、大学生の時に「ラク単」なる授業・講義を履修したことがありますか?

 

当然、私もあります。しかし、おかしな現象が脳内で起こっています。

 

ラク単」を履修したことは覚えているけれど、それが何の講義で、教員が誰で、どのような教室だったか、全て覚えていないということです。

 

あなたももしかしたら、私と同じように、「『ラク単』を履修した事実」のみを記憶しているのではないかなと思います。

 

さて、ここからは大きな学びがあります。大学生にとっても、社会人にとっても、です。

 

ラク単」の講義は、まずはじめに「履修する上での基準」がめちゃくちゃです。

 

大学は、アカデミックな世界であって、本来であれば「この講義では何を学べるか」「この講義を通じて自分はどのくらい成長できるか」という「学びの収穫度」で決定するのが合理的です。

 

例えば第二外国語

 

架空のA大学では、フラ語は中国語よりも難しいという噂が広まっている。

 

その「難しい」というのが、「フランス語の奥深さ、日本語との文章構造の違いという意味で習得に時間がかかる」という意味なのか、「教員が単位認定をなかなかしない」という意味なのか。

 

もちろん、脳内がバイトとサークルでいっぱいの大学生(あなたでないことを祈りますが)にとっては、後者の理由で「難しい」と言っているのでしょう。

 

そんなこと言ってんなら、大学辞めちゃえば?

 

って怒りたくなるのを我慢して、前者の理由を見てみます。

 

もし、フランス語が中国語よりも内容的に難しいのであれば、今の私なら確実にフランス語を履修します。

 

たとえ単位が取れなかったとしても、突き抜ける学びが得られればいいじゃないですか。

 

大学生くらいの脳みそが一番スポンジのように知識を吸収し、かつ高校のように「やりたくない勉強」はしなくて済むという環境的にも最高な状況になっています。

 

もしそのような状況でフランス語がわからなかったとしたら、「自分には語学は向いていないな」という大きな気づきになるのです。

 

そして、大学生は当然「学部」を選んでいます。

 

薬学に全く興味がない人が薬の成分を暗記するのはたしかに苦痛でしょう。しかし、そんな「あなた」は薬学部に入っていませんよね?

 

つまり、致命的に興味がない分野の講義は取らなくても卒業できるような仕組みになっているのです。

 

そのような中で、なぜあえて「ラク単」を選ぶのでしょうか?

 

もはや「ラク単」という名前でなく、「学びが少ない講義」という名前にした方がよい気がします。

 

毎年度同じ授業、毎年度同じプリント、先輩からもらえる過去問で「優(A評価)」がとれる。だから何ですか?

 

という話です。