心理学論文や人間関係的考え方を紹介!

2017.8.16~2020.8.31連続投稿(1,112日)。以降は不定期更新です。

自分を偽るとブーメランになって返ってくるという当たり前の因果応報の話。

例えば人間関係的にミニマリストになっていきたい人は、その意思を人生の最後の最後まで貫く必要があります。

 

人間の意思決定を継続的にするためには、その意思決定が心から自然と漏れ出るか(性格・気質的なもの)、たとえ内面からの発信ではなかったとしても継続する覚悟があるか(習慣など)、このどちらかが必ず必要です。

 

本当は人とコミュニケーションを取るのが苦手な人は、簡単にいってしまえば「コミュニケーションスキルを磨きすぎると不幸になる」ということです。

 

このように述べると、一見人間の変化に対して消極的な印象をもたれるかもしれませんが、むしろ自分ではない自分になって生きていくことの方が「自分を受け入れるという意味で消極的」ではないでしょうか。

 

職場Aでは、毎年必ずカラオケ大会が開催され、社員一人一人が最低1曲新しく披露しなければいけないというルールがあるとします。

 

ここで本当の自分がもしカラオケが苦手・嫌いだとしたら、選択肢は二つあります。

 

一つ目は無理やり歌のスキルを向上させて、「こうやって練習してみると意外とカラオケも悪くないなぁ」と自分自身を正当化させながら、毎年何とか生き延びるという選択。

 

本当の自分なるものがあるのだとしたら、毎年少しずつ「偽りの自分」と「本当の自分」が乖離していきます。

 

この偽りの自分のまま生き続けていると、ある時点でブーメランが返ってきます。

 

本当の自分が、周囲に人々にとって偽りの自分の露呈となり、多くの場合「裏切られた」という感情を引き起こします。

 

そしてもう一つ。最初から「自分にはカラオケは無理だ」と諦め、早々に職場Aから立ち去り、転職活動をすること。

 

諦めるというと日本人は「そう簡単に諦めるなんて言うなよ」と正義感を振りかざしながら諭してきます。

 

なんで、諦めてはいけないのかを聞くと、みんな黙るくせにね。

 

諦めるとは「明らかになる」という意味であり、自分には向いていないことを認めるという行為です。

 

自分を偽って正当化させることよりも、実は難しいことなのです。